チベット文化、四川料理、ときどき旅。

中国四川省で暮らすアラフォーの日々。山々に囲まれた標高2600mの町、カンディン市。バーを営む中国人の夫とその仲間たち。息子と犬。辛い食べ物と大自然。たまに旅。日々の様子を綴っています。

高原への入り口

塔公という小さな町がある

私たちが住む康定から西、山の方へ100キロ弱、バスか乗り合いのバンで走った先にある

中国側からチベットラサへと続く318号線近郊の町である

塔公はその町自体の標高が高く3800メートル

山を歩けば狼の足跡に遭遇する

高地草原の中に寺院と学院が根を張り、遊牧民と共に町がある。ほんの20年前までは、人々はヤクの毛で編んだゲルに暮らしていたが、インフラ整備と共に家が建ち、町になり、高速道路の開通で交通の不便が消え、近年は観光に訪れる人が急増した

たいていの他所者は気候や酸素の薄さに適応出来ないので移住者は入って来ず、ピュアなチベット文化が昔から続いている 

 

塔公に住む友達がいる

ジョウマというチベット女性で、あだ名はココ

夫のマックスはチェコプラハ出身である

夫妻は自宅を兼ねてユースホステル&カフェを経営している

2人とも英語が堪能で人の面倒見が良く、ヨーロッパからの旅行客が必ず立ち寄るスポットになっている

私とココとの出会いはもちろんマンバンだが、彼らの一人息子チャーリーとリテが同じ年に生まれたので、家族ぐるみで仲が良い

ココから   8月に馬乗り祭を見に来ないか  と誘われ、リテと2人で1週間ほど訪ねることにした

腕に自信のある男たちが馬乗りを披露する祭である。各地域で毎年夏に行われる

念願の初見である

 

康定から塔公までは車で数時間だ

七人乗りのバンが埋まるまで同乗者を待って出発する

街を後にするとほどなく山道に入り、上へ上へとカーブをきって登り始める

4200メートルの折多山である

頂上付近は祈りの場所として祀られていて、高く積み上げられた石にチベット語で絵が描かれている

石を積み上げるのは彼らの祈りで、大小さまざまな石のピラミッドを道すがら数多と目にする

頂上

ひときわ大きな石の塔に巻きつけられたシンボルの旗が強い風になびく

ドライバーが車窓から、経が描かれた小さな紙切れの束を風に乗せて飛ばす。祈りの束は巻き飛ばされて花吹雪になる

高原への入り口である

 

傾斜が急な登りとは変わり、緩やかに下っていく

視界に入るのは空と、草原の緑

どこから流れ下ってくるのだろう、山々を割って川が続く

川沿いに点在する集落をヤクに当たらないよう気を使いながら車を走らせる

土産物屋に民宿、飲食店、崖の上にぽつんと立つ民家

康定から塔公までの道すがら、信号はひとつも無い

川べりで草を食む馬の親子が見える

あまりにも自然に裸の馬が暮らしているので、野生かと尋ねると人が飼っているという

ヤクもそうである。囲いがあるでもなく、人や犬が誘導しているわけでもない。鈴が付いているヤクもいるが、そもそも聞こえる範囲に人がいない

日が暮れたら自分で家に帰るのだろうか

似た様な景色がひたすら続くが眺めていて飽きることがない

 

中国に来て初めての旅がチベット自治区方面だった。その時に生活環境の厳しさを知ったのが、寒さと水の乏しさである。水道はチョロチョロとしか出ないし、冬の間凍結すれば汲み置きの水を使う。シャワーなど余程の時しかしないし、そもそも寒いので着替えたくもない。寝るときに上着を脱いで床に入り、起きたら羽織る。顔を水ですすぎ歯を磨く。汚れても汚れたままにしている

今は8月だが、天気が崩れると一気に冷えるのでダウンジャケットを持ってきている。しかし日中太陽が出るとオーブンで焼かれるように熱い

日焼けが命とりになるので長袖に帽子がいる

3歳になるチャーリーはいつ会っても服や顔を大胆に汚している

 

 

宿の名前を  kanpa cafe カンパカフェ  という

土産物屋の脇の、鉄に木の板を敷いた小さな階段を登った2階にある

客室のある2階から、小さな頃に這って登ったことがあるような踏み板の狭い急階段を登ると、3階がキッチンとカフェになっている。欧州とチベットの軽食が食べられる。パン、面、餃子の皮、ジャムにバター、全て自家製である

ココが焼くパンが美味しい。シンプルな柔らかい白パンで、素朴な手づくりの甘さがある。汁に浸して食べると小麦に戻るように溶ける。日本の小麦粉を使ってるのよ、と嬉しそうに彼女は言う

マックスは特別変わった人である

高地でヘビースモーカーを数年続けたので、コホコホといつも咳をしている。最近タバコを吸うのを辞めたが、替りに直接口に入れるタイプのニコチンを噛み目眩を起こしたりしている

ビールは彼の文化で、自分でビール醸造所を作り、新しいビールを開発しては自分で飲んでいて、飲みきれない分を余所に売っている

気が向いた時には、輸入の酒でカクテルを作り  一杯どうぞ  と渡してくれたりする

 

  

ココの生まれはダンバという谷沿いの小さな街の、山の上の集落である

両親とは小さな頃に別れ、親戚の家で家畜の餌を作りながら育った。朝は暗いうちに起き、仕事をしてから下界にある学校まで山の上から歩いて行き来した。タフな幼少期を過ごした人だが、野花が好きな明るい性格である

 

喧嘩の多いこの夫婦を困らせているのが息子のチャーリーだ。宿では イッシ とチベット語で呼ばれている。愛くるしい見た目とは裏腹に意思が強く、誰より小さいが、誰にも負けない

リテは大敵で、喧嘩の度にどちらかが大泣きをする

3歳に満たない子が、フォークを掲げ睨みで相手を黙らせる光景はあっぱれである。黙らされたのはもちろんリテだ。住み込み手伝いのアポ(おばあちゃん)をリテが叩いたので喧嘩になった

チャーリーは周りの皆を守ろうとする

夏の間、ココの従姉妹が故郷のダンバから、幼な子たちを連れて、住み込みで宿を手伝っている

客は、走り回る子供達を交わしながら席に着き、片付けなさい  としかる母の怒号をBGMにコーヒーを飲む

他に術がなく謙虚にしている客たちも、質の良いサービスなどとうに諦めてリラックスしている

 

 

さて、馬乗り祭である

宿から車で10キロ、デコボコ道を車で走る 。来場客で道が混雑し出すと、ギアを小刻みに入れ替え急な坂を登っていく

ひときわ小高い丘へ登りきると、見渡す限りに草原が広がっている

草原の中に大きな寺院が立っている。お坊さんたちの学舎、修道院である

その修道院を背に会場がある。会場といっても、どこまでも草原が続くだけなので、人が居る場所までが会場である

遊牧民のゲルがいくつも並ぶ。小売りや催し物、祈祷用の仏像が祀られたゲルもある

 

騎士たちが現れると歓声が上がる

ィエッヒヒー   ィエッヒヒー   ィエッヒヒー

 

レース場はロープで区切られていて、ぐるりと周りを観客が囲んでいる

今日は騎馬レース、明日明後日が騎手たちのパフォーマンスらしい

まだ10代の若者だろうか。幼い顔だちの少年が重心を前に馬と駆ける

民族衣装で着飾った康巴汉子と呼ばれる戦士たちがいきった馬をいさめる

もっとよく見ようと、人並びの後ろから背伸びするが、もうすでに息子が遠くへ駆け出しているので諦めた

リテは高山病か、朝から二度食べた物をもどしている。確かに、少し駆け出すとすぐに息が上がる。階段を上がるだけで、短距離を走った後のように疲れてしまう。たまに耳の奥がパーンと鳴ることもある。気圧の変化は自覚する以上に身体に負担をかけている

 

あいにくの天気で雨が降り出すと、冷える

耐えられず近くのゲルへ入ると、中は空気が篭って暖かい

広めのリビングほどの空間に10人ほど。図書ゲルである。本棚に囲まれてラグが敷かれ、膝の高さに長机が三列並んでいる

中国語と英語の本が置かれている

ゲルの主は若い修道士。マックスの知り合いだ

 

チベット仏教徒の特性として個人的に感じることがある

救いや赦しを乞い祈る というよりも

自己との対話、生涯を通しての学び

それが彼らの生活に浸透している

来世を信じ、今世に徳を積む生き方をするという信仰心が強い一面と共に

自ら本を読み、学ぶことに対して素直である

新しい技術や情報を取り入れることにも偏見がない

チベット語、中国語、英語の三ヶ国語を話せる若い人がたくさんいて頼もしい

図書館テントの主もそうだが、多くの修道士は物静かな勉強家の雰囲気を纏っている

 

リテが眠ってしまったので、わたしもゴロンと横たわる。草地に直接絨毯を敷いただけだが、柔らかく暖かい

天井は十分な高さがあり、黒いヤクの毛で編んである。ゲルの支柱を縛るロープは細く裂いた革で編んであり、年期が入っている

草の匂いが雨の湿度で増し、子供の頃を思い出して背中に土を感じているうちに眠ってしまった

目を覚ますと雨が止んでいた

騎馬レースもお開きとなり、観客が四方八方に散っていく

自分たちもまたバンに乗って宿へ戻る

舗装してないデコボコ道を車ごとポンポン跳ねながら走る。まるで馬に跨っているようで嬉しく、跳ねる瞬間に イェッヒヒー と声を上げてみる

古いオートバイに跨った2人乗りのチベタンライダーたちが、右へ左へ細かくハンドルを切りながら凹凸を越え追い抜いてゆく

馬も、バイクも、ここでは同じ乗り物だ

 

 

宿は寺院がある広場に面していて、3階のテラスから、寺院とそのすぐ背後に山が見える

標高が高いこの辺りの山には樹が生えず、山といっても、一見小高い丘と変わらない

何処までも草原が広がる景色の中では遠近がつかめず、遠いのか近いのか、丘なのか山なのか一見わからない

いくつかの山の上部にチベット語のカリグラフィが白色で大きく描かれて、その周りを色とりどりの旗が正三角形に縁取っている

初めて訪れた時は、漠とした山々を彩るように描かれた祈りのアートに来訪を歓迎されているようで嬉しく、何枚も写真を撮った

塔公に着くまでの手前に、幾千もの石で埋め尽くされた川沿いの細い道を通る。岩ほど大きいものから小石まで、両側の山が崩れた所に川が流れ、石の谷のようになっている

その何百という石のひとつひとつにチベット語の祈りや仏様が描かれていて、一帯が壮大なアートになっている。文字は白で、仏様は原色の赤や青が使ってある

突如現る異世界に放り込まれたような、神秘的な場所である

今回訪れた時、そのどちらもが消えていた

町のシンボルであった山の絵は黒いペンキで塗られ、山は恥部を晒したような顔でそこに在る

政治の事情で消された芸術

町の人達の心中を想い、悲しさが込み上げる

剣が筆より強いのもまた現実である

 

宿のテラスから寺院の前の広場を見下ろすと、夕闇の中、青年が馬から降り愛馬に水を飲ませている

威勢良く駆けるチベタン達の姿を思い出す

イェッヒヒー  

大勢の観客の雄叫びが残っている

勇敢な男たちが、小雨の降る会場を熱気に変えていた

普段は無口で素朴な彼らの戦闘的な一面を垣間見たようであった

 

 

毎日の夕方、子供4人を連れ散歩に出る

宿から出て裏の細道を川まで歩く

鉄棒で作られた細い橋を渡って川原に降りると、後ろの方で馬が草を食んでいる

子供らは、水温が低く氷水のような川に靴や手を浸け、棒切れで橋を作ったり花を摘んだり、泥んこになって遊ぶ

出かけに 靴を濡らさないで  と母から注意されたが、思い出す頃には制御不能である

白い花の高山植物を長女のラムと摘んでいると、エーデルワイスだとマックスが教えてくれる

草原、馬、エーデルワイス、遠くに見える高い雪山

漫画の中のスイスようなロマンティックな場に居るわけだが、身体の不調でそれどころではい。私もリテもお腹をひどく壊している

 

また別の日は丘に登る

頂上はすぐそこなのに、ハァハァと息が上がりやっとの思いで登る。子供らは山羊のような機敏さで駆けあがり、早くおいで と叫んでいる

上に着くと塔公の町が見渡せる

丘の一番高い所に立ち、清々しさを胸いっぱいに吸い込む

ラムが経の書かれた紙切れを拾い集めて風に巻く

ピンクと白の桜を思い出す

 

草の上を転がって遊ぶ子らを呼び集めて帰路へ着く

宿に着くと、キッチンでは最も忙しい夕食時が過ぎ、やっとこれから自分たちの食事である

子たちは客の残りをつまみ食いしながらご飯を待っている

体が暖まるヤクのミルクティーとあり合わせの炒め物、パンとご飯

食事が済むと子供も一緒に片付けと掃除をし、各自就寝にむかう

明日は晴れると靴が乾くな、などぼんやり考えているうちに眠りに落ちる

冬場は雪山に囲われてしまうので訪れる人は無く、短く賑やかな夏の思い出である

起きる、食べる、歩く、寝る、簡素な生活の中に全てがある

 

 

半日置きに入れ替わりしていた天気がようやく落ち着き、晴れ

1週間の夏休みが終わろうとしている

訪れる観光客をうまく避け、家へ帰るにはどうしたら良いものか、県外ナンバー車の波を見ながら考える。明日か、明後日か、早朝に出れば渋滞はマシだろうか

リテはこの1週間でずいぶん逞しくなった。お互いに指と爪の間が黒くなり靴は泥をかぶっている。早く快適な生活に帰りたい、もう少しこのまま山暮らしをしていたい、2つの気持ちが同居している

 

予定の日を一日繰り下げて、フランス人のバックパッカーたちと康定行きのバンに乗り込む

ちいさなバケツになみなみと入ったヤクの乳のヨーグルトをお土産にしている

車はゆっくりと走り出す。ドライバーは機嫌よくステレオに合わせて鼻歌を歌っている

 

車内から外を眺めていて  あ  と思わず声がでた

山腹の絵を塗った黒い塗料が雨水で洗われ、元の白がくっきりと出てきている

後2、3度激しい雨が降れば、綺麗に剝げ流れてしまいそうだ

付け焼き刃のアイデアでは敵わないよ  と山が誇らし気に笑っていた